浮雲 小説。 浮雲/二葉亭四迷【あらすじ・簡単な要約・読書感想文・解説】

二葉亭四迷『浮雲』の感想

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そのくせ、三年の間に、真佐子の方には男の子が生れた。 ぐらぐらと煮えこぼれてゐるニュームの やかんを取つて、茶を 淹 ( い )れる。 猫も出た 杓子 ( しゃくし )も出た。 そのくせ、ゆき子は森林地帯には少しも興味はなかつた。 二階の一番はづれの部屋で、湖や街の見晴しはなかつたが、北の窓からはランビァンの山が迫つてみえた。

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二葉亭四迷『浮雲』の感想

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日本占領下のサイゴンやダラットはオーウェルやモームが描いた植民地とどこか共通性を持つ。 そうしたら案外で、御免になるもいいけれども、面目ないとも思わないで、出来た事なら仕様が有りませぬと済まアしてお出でなさる……アアアアもういうまいいうまい、 幾程 ( いくら )言ッても他人にしてお 出 ( いで )じゃア 無駄 ( むだ )だ」 ト厭味文句を並べて始終肝癪の 思入 ( おもいいれ )。 そりゃーもう、すごかった。 いきなり泥水のなかへ寝転んで動かうともしないゆき子の馴々しさが、富岡にはなじめない。 ダラットの高原に移植されて、枯れかけてゐる日本の杉のやうなものになりつつある。 『浮雲』において描かれている恋愛は、性的感情によるものや、生理的な満足を得るものではない。 殊 ( こと )に初対面の人にはチヤホヤもまた一段で、婦人にもあれ老人にもあれ、それ相応に調子を合せて曾てそらすという事なし。

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『浮雲』二葉亭 四迷 ◀ えあ草紙・青空図書館(無料・縦書き)

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それはともかく、言文一致という概念がやはり特徴的だと思う。 この「浮雲」は、林芙美子の晩年の作品である。 網戸をおろした広い窓へ、白い 蛾 ( が )の群れが 貼 ( は )りついてゐた。 茂木技師や、瀬谷たちは、ダラット第一級のホテルである、ランビァン・ホテルに牧田氏の自動車で引きあげて行つた。 その中からチョコレートを出して、ゆき子は、 腹這 ( はらば )つたまゝ 齧 ( か )じつた。 そのくせ、その刀傷に湯をかけながら、ゆき子はなつかしい思ひ出の数々を 瞑想 ( めいさう )して、今日からは、どうにもならない、息のつまるやうな生活が続くのだと、観念しないではなかつた。 「お 這入 ( はいん )なさいな」 「エ、エー……」 ト言ッたまま文三は 尚 ( な )お 鵠立 ( たたずん )でモジモジしている、何か這入りたくもあり這入りたくもなしといった様な 容子 ( ようす )。

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日本最初の恋愛小説としての二葉亭四迷『浮雲』|ト・アペイロン|note

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ゆき子はまた、少しづつこの顔から不安な反射を受けた。 それよりかアノ叔父も何だか考えがあるというからいずれ 篤 ( とっく )りと相談した上でとか、さもなきゃア 此地 ( こっち )に心当りがあるから……」 「 母親 ( おっかア )さん、そんな事を 仰 ( おっ )しゃるけれど、文さんは 此地 ( こっち )に 何 ( なん )か心当りがお 有 ( あん )なさるの」 「マアサ有ッても無くッても、そう言ッてお上げだと母親さんが安心なさらアネ……イエネ、親の身に成ッて見なくッちゃア解らぬ 事 ( こっ )たけれども、子供一人身を固めさせようというのはどんなに苦労なもんだろう。 暫らく有ッて、 「それもそうだが、全躰その位なら 昨夕 ( ゆうべ )の 中 ( うち )に、実はこれこれで御免になりましたと 一言 ( しとこと )位言ッたッてよさそうなもんだ。 サイゴンに置いて来た篠井といふ女は、これは一寸美人だから問題を起しはしないかと心配してゐるンだと話してゐたが、かうして遠くから見る幸田ゆき子の全景は、瀬谷の云ふほど地味な女にも見えなかつた。 燈火を消すと同時に、隣室の加野が、ドアを開けて、また、ゆつくりした足音をたてて、階段を降りて行つた。 ノブに手をかけると、扉はニスの匂ひをさせてすつと開いた。

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【明治の50冊】(9)二葉亭四迷「浮雲」 苦悩描き、近代小説の原動力に(2/4ページ)

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東京を発つ時の、伊庭の家での事や、友人達との壮行会や、陸軍省でのあわたゞしい注射の日が、夢うつゝに浮んで、ゆき子は、仏印にまで来るなぞとは夢にも考へられなかつた運命が、自分でも不思議でならなかつた。 壁には森林に就いての統計のやうなものが硝子縁のなかにはいつてゐる。 そういう意味では、通常の小説にしかなれていない読者は、読んでいて忙しく感じる。 三人とも、派手な 裂地 ( きれぢ )で頬かぶりをして、長い 外套 ( ぐわいたう )の襟をたててゐた。 富岡は、黙つて草の中から出て来た加野に、急に不快なものを感じてゐる。 激動の時代の中で、愛の姿をとことん突き詰めた名作です。

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【明治の50冊】(9)二葉亭四迷「浮雲」 苦悩描き、近代小説の原動力に(2/4ページ)

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ちなみに文三のような人間の苦悩というのは、 後の文豪達に受け継がれていくテーマでもあります。 なるべく、 夜更 ( よふ )けに着く汽車を選びたいと、三日間の収容所を出ると、わざと、 敦賀 ( つるが )の町で、一日ぶらぶらしてゐた。 森林のなかの獅子が、自由に相手を選んでゐた 境涯 ( きやうがい )から、狭い 囚 ( とら )はれの をりの中で、あてがはれた 牝 ( めす )をせつかちに追ひまはすやうな、空虚な心が、ゆき子との接吻のなかに、どうしても邪魔つけで取りのぞきやうがないのだ。 惜しむらくは四迷の挫折である。 ただ読者には、さっきいったように、結末が想像が着くものがあります。 ところへトパクサと上ッて来たは例の日の丸の紋を染抜いた首の持主、 横幅 ( よこはば )の広い筋骨の 逞 ( たくま )しい、ズングリ、ムックリとした生理学上の美人で、持ッて来た郵便を高い男の前に差置いて、 「アノー 先刻 ( さっき )この郵便が」 「ア、そう、何処から来たんだ」 ト郵便を手に取って見て、 「ウー、国からか」 「アノネ 貴君 ( あなた )、今日のお嬢さまのお 服飾 ( なり )は、ほんとにお目に懸けたいようでしたヨ。 それはお前さんあんまりというもんだ、 余 ( あんま )り 人 ( しと )を踏付けにすると言う 者 ( もん )だ。

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二葉亭四迷 浮雲

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それどころか給与が上がり、出世するまでになっている、そういう奴です。 しかしながら、言文一致の文章や、豊かな心理描写などにより、最初の近代小説と呼ばれている。 宮本百合子も似た様な事を記しているし、さらに二葉亭の挫折に無念を表している。 こうして眺めると、『吾輩は猫である』と似ているようですが、夏目漱石が世の中全体の浮き足立ちを嘲笑的に描いているのに対し、本作品は、作者がドストエフスキーに影響を受けたということもあり、個人個人に焦点を当てて、それらの人情の中に「真理」を見出すというアプローチ。 重い頭を枕から持ち上げて、富岡は、腕時計を眺めた。 ダラットといふ、聞いた事も見た事もない、高原の奥深いところで、平凡な勤めに就く運命が、ゆき子には何となく情けない気持ちだつた。 1918 大正7 年尾道高女に入学。

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『浮雲』二葉亭 四迷 ◀ えあ草紙・青空図書館(無料・縦書き)

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内海文三・お勢・本田昇 三者三様の近代 「二葉亭四迷の『浮雲』は近代小説の出発点である 」と語られることがあるけれども、なぜだろう? 理由まで考えたことはありますか? 言文一致を採用しているから、心の葛藤を描写したから…… 多分、そういう技術上の理由だけではない。 。 部屋へ這入ると、女中のニウが、富岡の洗濯物を整理して、棚へしまつてゐた。 長年かゝつて成育させた、人の財宝を、突然ひつかきまはしに来た、自分達は、よそ者に過ぎなからうではないか……。 6年の内に紅葉は四迷の小説を捕まえそして追い抜いて行ったのだとも言える。

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